9−4
2006 / 08 / 23 ( Wed ) 夜もだいぶ深まった頃、凛の弟の幸治が勢いよく、玄関を開けた。
「ばあさん、亡くなったんだって。」 「ずいぶん遅いじゃない。何してたのよ。」 凛が怒りに任せて言い放った。 「仕事だよ、仕事。簡単に断れない仕事もあるんだよ。」 「まあまあ、いいじゃないの。お通夜は明日だし、そんなに急ぐこともないだろうし。」 「そうそう、母さんからは通夜は明日と聞いていたから、そんなに急ぐこともなかろうと思ってね。」 「あんた、ずいぶんちゃっかりしているのね。本当に変ってないわね。」 「姉ちゃんこそ、まったく進歩がないね。これじゃあ、拓哉さんも大変だね。」 拓哉は何も答えず、笑みを浮かべながら、黙って二人の会話を聞いていた。 「雅ちゃん、久しぶりだね。何歳になったの?」 「11歳。」 「小学校・・・」 「五年生」 「そう、もう五年生か。早いもんだね。」 「そうよ、あなたもぼやぼやしてないで、早く結婚したらどうお。お母さんに心配ばかりかけていないで。」 「大きなお世話。こっちにはこっちの事情があるんだから、あまりうるさく言わないでくれる。」 「へえ、事情があるんだ。どんな事情なんでしょうね。もう決まった人はいるの?」 「大きなお世話。」 「なあんだ。いないんじゃないの。なんだそういう事情なの。そうよね、相手がいないんじゃ結婚なんて出来ないもんね。」 「凛、もうおやめ。あんた達二人が顔を合わすといつもこれなんだから。歳を取ればいくらかましになるかと思っていたんだけど、本当に変らないね。」 凛と幸治はばつが悪そうに顔を見合わせた。 |
9−3
2006 / 08 / 09 ( Wed ) 「それから、どうしてお母さんがそう思えるようになったか聞いたの。」
「そうしたら?」 「志村さんから聞いたり、本を読んだりしていくらか分かった気でいたんだけれど、最後は瞑想だって言ったの。」 「瞑想?」 「そう、瞑想。瞑想していると、あの世のことが感じられるようになるって。やっぱり本当だってことが分かると、俗に言う腑に落ちるってことよね、自分も変わりだしたって。そしてね、あなたもやってみたらって勧めてくれたの。」 「どうやるかわからないと、言ったら、ゆったりした気分で、呼吸に集中するだけだって言うじゃない、じゃあやってみようということになって、始めたの。」 「それでどうなったの?」 「私もね、だんだんあの世のがあるって感じがしているの。きっと、お父さんも近くに来ているんだろうな、なんて思ったりして、普通に戻れたの。」 「ふうん。」 「おばあちゃん、本当に眠っているみたいね。」 凛の娘の雅が珍しそうに話しかけてきた。 「雅ちゃんは亡くなった人を見るの初めて?」 今日子が尋ねた。 「ええ、初めて。」 「おばちゃんじゃなかったね、雅ちゃんから見たら曾おばあちゃんだね。いい顔しているでしょ。きっと満足して逝ったんでしょう。」 「へえ、曾おばあちゃんだけ特別なの?普通の人はこんな顔していないの?」 「そうねえ、亡くなるときに苦痛があったり、死ぬことに恐怖を感じていたりすると、このような安らかな顔にはならないのよ。」 「そうなんだ。雅もこのように安らかな顔で死にたいな。」 「何言ってんのよ、順番から行けば、この中であなたが一番最後に亡くなるのよ。死ぬときのことなんて、まだまだ考えなくたっていいの。」 すかさず凛が言った。 凛の夫の拓哉は母、娘、孫、女3代の会話をニヤッとしながら聞いていた。 |


