9−1
2006 / 07 / 26 ( Wed ) 昨夜からの雪は断続的ではあるがまだ降り続いていた。あと10日ほどで平成37年も終わろうとしている。
娘の今日子はシーンと静まり返った部屋で独りうつろな目で、顔に白い布をかけて黙って寝ている春江を見つめていた。すい臓がんと診断され、余命半年と宣告されながらも、元気になって戻ってきて20数年。一度死にかけた身とは思えないほど元気だった。しかし、85歳にもなると、やはり体力も落ちてしまったのか、痰を喉に詰まらせて、あえない最期となってしまった。 病院から戻ってきた春江と一緒に住むようになって20年、その間いろいろなことがあった。 一番辛かったのは、夫の隆志が自分で命を絶ってしまったことだ。仕事でつらそうにしていたことは分かっていたが、何もしてあげられずに逝ってしまった。そのことが悔やみきれず、自分もあとを追うと考えたりもした。どん底の状態であったときに、側にいた春江にはずいぶん助けられた。 自分の息子が亡くなったのに涙ひとつ見せなかった。息子が自分で命を絶ったことに怒りをあらわにしていたが、それも初七日には消え、普段と変らない穏やかな所作になった。 今日子自身、心の整理がつかない日々が長かったが、春江から癌で入院したときに体験した話を聞き、次第に落ちつきが戻ってきた。あの時、そばに春江がいなかったら、今日子もこの世にいなかったかもしれない。・・・ 「お母さん、おばあちゃん亡くなったって!」 ぼーと二度と動かなくなった春江を見つめていたところに、娘の凛が家族と共に駆けつけた。 「そうなの。まあ、お上がり。おばあちゃんに会ってあげてちょうだい。」 そそくさと部屋に上がり、顔に白い布が被せてある春江と対面した。枕元に跪き、白い布を取って、春江の顔を見つめた。安らかな顔をしている。 「おばあちゃん苦しまなかったんだね。穏やかな顔しているもの。」 「いつも早起きなのに、なかなか起きてこなかったものだから、部屋をのぞいて見たんだけれど、気持ち良さそうに寝ていたものだから、そのままにしてね。朝ごはんが出来て、声を掛けたんだけど、起きてこないものだから、また、見に行ったの。おかしいなと思って、そうっと近づいてみたら、息をしていないの。あわてて、「お母さん、お母さん」て、声をかけ、揺すったんだけど、ダメだったわ。119番通報したら、お医者さんを紹介されて、そこに電話してお医者さんに来てもらったんだけど、ダメだったわ。」 |
8−12
2006 / 07 / 19 ( Wed ) どうでしたか。納得のいった点が少なからずあったのではないしょうか。
最初にすべてを説明し、同意を得てから四カ条をやっていただいてもよかったのですが、これは効く、これは効かないと勝手に判断されても困りますので、すべてを同じ位置づけでやってもらうため、敢えて説明せず実行してもらいました。いかがでしたか。 死を宣告されたときから、他人事であり、気にも留めていなかった死が大きく自分にのしかかってきます。 自分の知らないことであるため、そこに恐怖を感じます。私と出会ったときにはそのような状態ではなかったかと思います。 最初から霊の話をしてしまうと、誤解と偏見からあらぬ方向に進んでしまうので、臨死体験の話から始めました。臨死体験談を直に聞く機会を得たことは、霊界を理解していく上で非常によかったのではないかと思います。こういう世界が実際に存在しているかもしれない、ということを直接知ることは霊界を知っていく上で非常に役に立ちます。霊界の話へと進めていき、シルバーバーチを読むころになると、最初にあった死への恐怖は、ほとんど無くなったのではないでしょうか。人は霊的な存在で、この世で身体を持つ時期が特異な状態であり、死というのは元いた場所に帰ることだと確信がいけば、何も恐ろしくはなくなります。ただ今は身体を持っていますから、身体を持っていることが当たり前で、身体を持たない状態など考えも及びませんし、まして死がどのようなものであるか明快でないため、人間を不幸にしています。身体が無くなっても、霊と共に自分が存在することが分り、霊格を向上させることが最終目標であることが分かれば、人の行動も自ずと変わっていきます。 もう自覚されておいでと思いますが、片山さんも身体も治癒し、霊のことを理解し、霊格を上げる方法を知った今、身近な人にご自分の体験を通してそのことを伝えていって下さい。そうすることでご自分の霊格も向上し、周りが少しずつ変わっていきます。ほんとうです。 直接お会いして、お別れの挨拶が出来ないことは残念ですが、私もよい経験をさせていただきました。ありがとうございました。お会いできる機会もあると思いますので、そのときにはお互い元気な顔でお会いしましょう。 10月10日 志村 健一 |


