8−9
2006 / 06 / 29 ( Thu ) 「とんでもないですよ。僕の方こそ色々勉強させてもらいました。昔読んだ本を引っ張り出してきて読み直す機会を得たことはとても有意義でしたし、片山さんの理解が早いのには驚きました。普通、霊界のことを理解していくにはそれなりの準備が出来ていないとなかなかできないものです。目に見えない世界ですから、自分で得心がいったと思っても、状況が変れば、やっぱり違うんじゃないかと思うものです。シルバーバーチも言っています。直線的どんどん進んではいかないって。螺旋階段のようにゆっくりゆっくり進んで行くって。片山さんを見ていると、それほどゆっくりはしていなかったですね。やはり、切羽詰った病気を抱えていたからかも知れませんね。」
「そうですか。私も直線的には進んできてはいませんよ。病気が背後にありましたから、切羽詰っていたことは事実ですが、振り子のように、本当だ、やっぱり違うって、気持ちが大きく揺り動いていました。けれど、身体が楽になってきているという事実があるので、本当だなって思うようになりました。瞑想して、守護霊さんとコンタクト取るようになって少し変ってきたような気がします。空想じゃなくて実在の世界があるなって思います。」 「そういう意味では、片山さんはついてますよね。最悪の状態から始めましたので、頭で考える想像の世界ではなく、実感できる実在の世界として霊界を知ることができたのですから。」 「そう言われると、そうかもしれません。」 志村は満足そうな顔をして帰って行った。 春江は志村に初めて会った時からのことを走馬灯のように思い出していた。最初から霊界のことを教えてもらわず、臨死体験から入っていたのが良かったかもしれない。臨死体験談を春野から聞いたことが一つのきっかけであり、もしかすると、あの世と言われる霊の世界があってもおかしくないと思い始めた。そして、霊界へ旅立ってまもなくの人からの通信を読んで、やっぱりそうだ、霊界は確かにあると実感しつつあった。そして止めはシルバーバーチだった。霊界のことが理路整然と疑いの余地もなく語られている真実だ。もうここまで来ると、死ぬの、生きるのということは大きな問題ではなくなっているのに気付き、自分でも驚いてしまう。あんなに死ぬということが化け物のように恐ろしかったのに、今は恐ろしさなど微塵も感じない。とても同じ自分とは思えないくらいだ。死という事実がいかにねじ曲げられて伝えられているか、を思うと気が滅入りそうになる。突然死を宣告された人々が少しでも霊界の真実を知ってもらえば、ずっと楽にいられるのにと思わずにはいられなかった。 |
8−8
2006 / 06 / 13 ( Tue ) 「マザー・テレサという人、知ってます?」
春江は唐突な質問に対応できなかった。ちょっと間をおいてから、 「名前だけは聞いたことがあります。確かノーベル平和賞を受けたインドの女性ですよね。」 「そうなんです。」 志村の顔が待っていましたとばかりに輝いた。 「シルバーバーチの霊訓の中に、霊界とパイプがちゃんと繋がっていれば、その人が必要とするものは必ず与えられると書いてあるんです。マザー・テレサに関する本にはそのことが結構書かれているんです。マザー・テレサが主催する団体は基本的に生産活動をしていませんから、すべて寄付や施しで賄われています。従って、食料が足りなくなったり、活動資金が足りなくなったりすることがよくあるわけです。ところが、そのような状態に立ち至ると、マザーに連絡が入り、「じゃあ皆さん、神に祈りましょう」と言うことになります。そうすると、パンが届いたり、縫い糸が届いたり、それもちょうどそのとき、というタイミングで届くのです。マザーのところにいるシスター達はもうそうなることを体験済みですから、不思議なこととは思わないようですが、傍から見れば、もう奇跡ですよね。これだけ霊界との信頼関係がしっかりしていれば、本当に何も心配することはないですよね。必要なものは必要なときにちゃんとやって来るのですから。 現代人はそれを信じられず、必要以上のものを貯めておこうとする。本当は必要ないんですけどね。」 「そうですね・・・。ところで、志村さんは出来ているんですか、貯えも持たずに生活すること?」 「できればどんなにか楽なんでしょうけど。まだまだ修行の身、とてもとても。話はできますが、自分のこととなったらさっぱり。でもね、知っているからこそ挑戦しようという気にもなりますが、知らなかったら、そういう気にもなら無いでしょう。シルバーバーチも言っていましたけど、知識は大事ですよね。」 「私も、志村さんや志村さんが紹介していただいた本を通して多くの知識を得ることができました。志村さんが言われるとおり、知識は大事だとつくづく思います。志村さんに出会わなかったら、今生きる上で自分を支えてくれる知識が無いわけですから、今頃どうなっていたか。死の宣告を受けて6ヶ月が過ぎますが、そのときより体調が良くなっています。本当に死ぬの?という感じです。今だからなんですけれど、死の宣告がそれほど自分に対して重大な事柄で無いような気がします。死のうと死ぬまいとそんなことはどうでもよく、死ぬまであるがままに生きていようと思っています。このように思えるのも志村さんのお蔭と、本当に感謝しています。 ただの知識ではなく、事実を知ったということがとても大きいと思います。使えない知識は役に立ちませんが、人が生きていく上で必要な知識がいかに重要で、また、ほとんど知られていないことに驚きを感じます。私も臨死体験から順を追って知識を得てきましたから、自分で納得しているのでしょうけど、途中からぽんと与えられていれば、これほど自分に根付いたか、はなはだ疑問です。そういう意味でも志村さんに感謝しなければなりませんね。」 |


